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  「 無責任構造症候群と国家権力の肥大化―2005年は自己責任の年―」


  杉田米行

  大阪外語大学助教授 

 

  「わが愚息・愚女の軽挙妄動のため、日本政府と国民の皆様に多大なご迷惑をおかけいたしまして、

  誠に申し訳ございません。これもすべて子供をしっかりとしつけなかった親の責任であり、皆様に深くお

  詫び申し上げます。」2004年4月にイラクで人質になった邦人の親御様が記者会見で仮にこのような

  発言をしていれば、人質にとられた人に世論は「自業自得だ」「自己責任」といった非難ではなく、

  同情の目をなげかけていたことであろう。だが実際には、「自衛隊の早期撤退と息子たちの命を返して

  もらうようお願いしたい。」「うちの子は犠牲になる子供の面倒をみに行っただけ。専門家がたくさんいる

  のだからしっかり救出方法を考えてほしい」といった声しか人質の家族の口からは出てこなかった。

  家族を思うあまり感情的になったのであろう。さらに人質が解放された直後に行なわれたインタビューで

  の発言も世論の感情を逆なでした。イラクに残って活動を続けたいとか、「撮るのが仕事」と息巻いていた。

  イラク人を助けたい、イラクの現状を日本に伝えたいという純粋な気持ちから、危険なイラクに自発的に

  乗り込んで行ったのだろう。解放直後の言葉はそのような素直な感情の発露だと言えよう。だが、その代

  償は人質バッシングだった。



  不適切な言葉遣いが問題だったのか。いや、実はもっと深いところに真の問題がある。終戦直後の、己し

  か頼る者がいないというハングリー精神が日本から消え、不都合なことはすべて他者に責任をなすりつける

  「無責任構造症候群」が蔓延っている。子供がいじめにあえば、家庭でのしつけを省みることなく教師が

  悪い、教育の荒廃だ、学校は責任をとれと親が怒鳴り込む。子育てよりも働くことに意義を見出す母親は、

  自分の個人的欲求を通すために、安価な公立保育所をもっとたくさん建てよと要求し、自分ではなく社会

  全体が子育てをするべきだと主張する。国民の義務であるにもかかわらず、現在の年金制度が気に入らな

  いから保険料を支払わないと豪語する人がいる。また、自分のミスで国民年金保険料の支払いを忘れてお

  きながら、きっちり通知しなかったと社会保険庁に責任をなすりつける者もいる。



  親は子の鏡。このようなジコチュウの親に育てられた子供は不幸だ。自分の思い通りにならないことが出てく

  れば、自省することなく、学校が何とかすべきだ、社会が悪い、国の責任だと責め立てるべき他者を見つけ

  出すことに狂騒する。このようなことは初等・中等教育に限られるものかと考えていた。しかし、「学問の府」

  大学にまで魔の手は伸びている。「英作文の授業が気に入らないので、何とかして欲しい」と大学に抗議

  があったらしい。その時英語専攻の責任者だったので、小生のところに連絡があった。授業に関することな

  ので、しかるべき苦情に対しては適切な処置をとる必要があったので、詳細を尋ねてみると、以下のことが

  判明した。(1)受講生の母親が電話で抗議してきた。(2)授業名と教官名を挙げたが、抗議をしてきた

  者は匿名であった。その時点で、小生はこの問題を取り上げないことにした。理由は至極簡単である。

  (あ)大学生は立派な大人なので、本人もしくは権限を委任された代理人(たとえば弁護士)からの苦情

  でなければ検討できない。(い)匿名の抗議は一切受け付けない。匿名だと責任の所在が不明になるから

  である。

  ところが、悪いのはジコチュウの親だけではない。親から文句が出ないように奔走する学校の態度がさらに

  問題を悪化させることになる。学校は生徒の個性を伸ばすことよりも、監視・管理を強め、とにかく大きな

  問題が表面化しないように努力する。また、学校は学生を甘やかせることによって真の教育を放棄する。

  「学問の府」である大学で実際に起こったことである。長期間授業に出ない学生、進路届けを出していな

  い学生、奨学金返還書などを提出していない学生がいると、執行部から担当教官に、当該学生とすぐに

  連絡をとって指導しなさい、と命じられる。書類の不備や提出期限を守らなかったために本来単位が出な

  いはずなのに、「すでに就職が決まっているので、何とかして欲しい」と指導教官が頭を下げ、「教育的配

  慮」という美名の下にごり押しが通る。学生を甘やかせることが「やさしさ」であり、「いい先生」であり、

  「立派な学校」になる。



  このような環境で育った子供はかわいそうである。甘やかされるのが当たり前だと考えるようになるからで

  ある。社会に出て、親や学校をあてにしたり、非難の対象にしたりすることができなくなると、今度は国家に

  頼り、その期待が十分みたされなければ国家が批判の対象となる。すると、国家は国民の自由を保証する

  よりも、統制を強めて問題が起こりにくくなるようにする。たとえば、昨年4月のイラク人質事件に関して、

  あのような事件を回避するために、当時の自民党の額賀福志郎政調会長は「政府が何度も退避勧告し

  ても100%ではない。自己責任の原則をはっきりさせ、法律的に渡航禁止を検討すべきだ」と提案した。

  国民が自分の権利ばかり主張し、国家に責任をおしつけるということは、国家に問題の解決を委ねること、

  つまり国家への依存体質に陥ってしまうということである。無責任症候群は国家権力の肥大化という帰結を

  迎えるのである。

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