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第1回
「NHK記者の放火事件」

 山田 修 (フリージャーナリスト)



 NHK記者は「ワリのあわない」放火をなぜしたのか?

NHK大津放送局記者の笠松裕史容疑者の放火事件は驚くのを通り越してあきれている。このところ、

犯罪者の心理が理解しがたい事件が多発しているが、この記者の行動は理解しがたい枠を大きく超

えた”完全想定外の事件“である。

 NHK職員の犯罪としては記事や番組のでっち上げ、横領、あるいは痴漢等の犯罪はこれまでも耳

にしているが、放火はだれもが予想し得なかったのではないだろうか。

 NHKの会長が役員報酬の30%、副会長ら3人の役員が10%を3ヵ月間返上する事態がこの事件に対

しての驚きと責任の重さをあらわしている。


 私は20年あまり、笠松容疑者と同じ滋賀県で民間放送の記者をしていたので、彼の仕事内容や立

場、仕事の難しさ等は十分理解できるが、放火事件を犯したことは不可解に感じる。

 犯罪報道を扱うとき、私はよく犯人に問いかけたくなる。

「その犯罪、ワリにあうの?」

 仕事が上手くいかず、精神が不安定なとき、何かに当たりたくなるのは誰もが経験することだが、

「犯罪はワリにあうか」と考えると、殆どが犯行を思いとどまる。ましてや、犯罪を報道する立場のも

のであれば、何の利益ももたらさない、放火をする行為がワリにあわないのは十分なくらいわかりきっ

たことである。

 放火をしたことは理解しがたいものの、彼が置かれた職場環境は同情できる。新聞、テレビ、週刊

誌等のマスメディアを通じての情報から、先輩記者の「イジメ」が大きくこの犯罪に影響を与えていると

思われる。他社の記者がいる前でひどい叱責を受け、仕事が行き詰まったと警察で供述しているそ

うだ。

 「イジメ」か「指導」かの区別はつきにくいが、他社の記者にひどく叱責を受けているのを目撃されて

いるのは問題であり、「イジメ」ととられても致し方ない。


 私が滋賀県で記者をしていたころ、NHKの記者が同僚を強く非難しているのを耳にしていた。私た

ちは社内ではなかの悪い同僚や、そりの合わない上司の悪口や非難を口にするが、社外において、

同僚の悪口を言うのはまれである。

 同僚の記者は「しゃべりが上手いためにニュース等の解説者に重用されて、直属の上司の受けが

いいが、自分勝手で殆どの同僚からそっぽを向かれている」と言われていた。当時、同業他社の記

者たちの殆どがこのことを聞かされており、「事実」になっていた。悪口を言っていない、他のNHKの

記者もあんにこのことを認めていたからだ。

 私はこのとき、NHKが他社とは違う異様さを感じた。今回、放火をした笠松記者が人前で先輩記

者に叱責された報道を聞き、この二つのことの根は同じように見えた。

 それは「鈍感」ではないだろうか。

NHKは自社の「恥」が世間に流布されている事実に「鈍感」になっていた。日本で最も大きい放送局

にしてはその鈍感さが解せないものの、自社の現役記者が放火をした遠因は鈍感さにあると言って

もよい。


 先日も紀宮様のご結婚報道で、皇居から式場に向かう紀宮様の車をヘリコプターから撮影し、放

映した件で記者会見からNHKの記者が外された。

 撮影しないことを宮内庁と約束していたにもかかわらず、撮影した行為はどこかが「鈍感」になって

いる証拠である。

 法的にはNHKの「鈍感」は罪に問われないが、それを排除しなければ、国民からの信頼を取り戻

せないだろう。


 笠松記者が仕事をしていた滋賀県警の記者クラブも捜索を受けたと報道された。この記者クラブ

では私も何度も警察の記者発表を聞き、ニュース原稿を書いてきた思い出の場所である。

 また、この記者クラブは29年前の1976年6月26日、滋賀県警の広報担当者や幹部、他社の記

者たちとアントニオ・猪木と当時の世界ヘビー級チャンピオンモハメド・アリの格闘技世界一決定戦

をテレビで観戦した場所でもある。だから、変に思い出深い。

 個人的な感慨はともかくとしても、今回のこの放火事件が日本のジャーナリストの特異な犯罪とし

て記憶される一方で、NHKが国民の信頼を取り戻せるかどうかのキーポイントの事件になるような

気がする。


(本文で自社を使用している件について:NHKは会社ではなく、自社という言葉は正確ではないが、

適当な言葉が見つからないので、あえて、自社とした)

 

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