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第2回
野洲高校サッカー部の全国制覇が果たした意義」

 山田 修 (フリージャーナリスト) 


  私にとって今年の幕開けはスゴイことが起こった。

冬の高校スポーツの華であるサッカーとラグビーの二つのフットボール競技で、京滋(けいじ)の

二校が全国制覇を果たした。

 私は名古屋生まれだが、滋賀県に29年、京都府に住んで5年になる。今回5年ぶり4回目

の優勝を果たしたラグビーの伏見工業高校(京都)は16回出場の強豪校で、優勝もいわゆる

“想定内”だったが、サッカーの野洲高校(滋賀)の優勝は意外性を通り越していた。(当事者

は優勝の期待はかけていただろうが、一般的には優勝は無理と思われていた)

 私が滋賀県に住んでいた29年間で滋賀県勢が全国制覇は地元開催の国体や一部のマ

イナースポーツを除けばほとんどない。

 スポーツ弱小県の滋賀県に私は苛立ちを覚えていた。県の高校野球関係者に甲子園の

優勝校を作るためのプロジェクトチームを提案したら、「なにを寝言を言っているのだ」と言わん

ばかりに一笑にふされた。

 高校野球で近畿2府4県のうち、全国制覇を果たしていないのは滋賀県だけで、他の府県

はすべて複数回優勝しているが、滋賀県は2001年の夏の甲子園で近江高校が準優勝した

のが最高である。他のスポーツでも弱かった。

 サッカーでも同様だ。隣の京都府からはメキシコオリンピックの銅メダリスト、釜本邦茂氏をは

じめ、柱谷幸一、哲二兄弟ら、幾多の名選手を輩出しているが、滋賀県出身で一般的に

知られているのは横浜マリノスなどで活躍し、アジアの壁と呼ばれた井原正巳氏くらいだ。

 滋賀県のサッカーは井原氏(滋賀県守山高校出身)が日本代表になってから、彼に続けと

井原氏を育てた松田保氏が監督をした、守山北、草津東高校等がトップランナーとなり、

底上げされ、サッカーの強い県となった。

 しかし、連覇をめざした強豪鹿児島実業高校を破り、優勝するとは去年まで夢想だにしな

かった。

 野洲高校の今回の全国制覇はいろいろな意義がある。

 まず、スポーツ弱小県でもやればできるという自信をもたらしてくれた。滋賀県は特に公立高

校が圧倒的に多く、スポーツの上手い選手に待遇や練習環境等で便宜を図ることができなく

ても、監督の情熱、行動等で才能ある選手を集め、育成できることを証明したのは大きい。

また、スポーツに強い他府県の高校に留学する生徒の流失を止めることもできる。中学生の

とき、滋賀県に住んでいたテニスの伊達公子氏は兵庫県の高校に進学した。

昨年はかつて高校野球の弱小都道府県の代表だった北海道の駒澤大学附属苫小牧高校

が夏の甲子園の連覇を果たしている。弱小県が全国制覇をするのも奇跡ではではなくなって

きた。それらの快挙がフロックと言われないように切に望む。

 次に過去にとらわれる悪癖を打破できた。山本佳司監督が元レスリングの選手で、サッカー

選手の経験がない人がサッカーを研究して、全国制覇したことは「経験を重要視してきた」

日本社会への警鐘にも見える。「経験もない門外漢が何を言うか」と言われても、過去にとら

われない斬新なアイデアを提案してきた人が活躍できる場が広がった。

 日本サッカー協会の川淵三郎キャプテンは野洲高校のサッカーについて「普通なら『ゴール

前でなんでそんなことを』と監督が怒りそうなプレーをするのも持ち味で、見ていて思わず笑っ

てしまうぐらいだった。こんなに面白いサッカーをするチームが出てきたことは、ありがたい。高校

サッカーの将来性が広がった」と話している。

 従来の高校サッカーを変える個性が優勝に結びついたと見てよいだろう。

 自信、現状打破、個性、現代の若者が忘れかけているものが野洲高校サッカーにはあった

ように思う。

 現代社会に沈殿する無気力、ものがあふれているのに満たされない心、夢を描けない若者

等、現代社会の病理を治す処方箋のきっかけとなるものを、野洲高校の全国制覇は教えて

くれたと私は思う。

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