COLUMN
コ ラ ム
車 窓
第7回
 

日本の教育改革は効果をあげられるか」 

  山田 修 (フリージャーナリスト) 


 私の専門学校の同僚講師が昨年の忘年会でポツリと言った。

 「今年の新入生はゆとり教育の弊害がもろにでたな」

 私が講師をしている専門学校は高校を卒業して入ってくる学生が多く、昨年度の新入生が、2002年

度から始まった完全週5日制のゆとり教育「本番」を中学3年生から受けた「ゆとり教育」世代だ。

 学力が低い、授業をすぐに休む、質問をしない、課題を提出しない、ものごとを考えない等、従来の学

生に比べて違いを肌で感じると同僚講師は言っていた。

 ゆとり教育は1997年から段階的に始まり、5年前に完全週5日制、学習内容3割削減、授業時間2

割削減の本格実施となったが、当初から学力低下が懸念されていた。案の定という形でゆとり教育の弊

害、学力低下が露呈され、今、政府はゆとり教育の見直しを進めている。

 社会教育学の第一人者で、元東京大学教育学部長の藤田英典国際基督教大学教授は先月、私が

聞いた講演で「ゆとり教育はゆとりをなくしている。短い授業時間でゆとりが生まれるはずがない」との

べていた。

 確かにそうだ。子供たちは学校ですでにゆとりをなくしていたのだ。中途半端な授業内容で学力がつく

わけがない。学校の週5日制は教職員の労働環境を優先した結果ではないかと疑いたくなる制度だ。

 週5日制を含めたゆとり教育は見直しの方向に進むとともに、教育改革が政府の教育再生会議などで

練られている。これまでの同会議の報告等を見てみると、教員の免許更新、副校長、主幹の設置、校長

の権限強化など管理面の改革が目立っている。

 政府が進めている教育改革で最も気になるのは愛国心の強要である。愛国心はないよりあったほうが

もちろんいいのは決まっているが、強要されるものではなく、自然発生的に生まれてくるものである。

 私は挨拶ともよく似ていると思う。挨拶も強要されたものではなく、本人自らが進んでするようになって挨

拶の価値がある。教師や親がしっかりと挨拶する学校や家庭で育った子供であれば、何も言わなくても挨

拶をする。

 愛国心は昔の教育勅語の類を勉強させるのではなく、日本が持つ文化や人間性、歴史、自然を大切に

育む心を教師らが教えて、真の愛国心が生まれるのである。

 今、政府が行おうとしている教育改革は形から入っている感じがする。休みが増えればゆとりが増えると

いう安直な考えから、ゆとり教育が始まって失敗した経緯を考えれば、教師や親が行動で範を示す方法

を考えるべきである。

 支払い能力があるのに給食費を払わない等理不尽な行動をする親や保護者に対して、断固とした態度

を取れるバックアップ体制や、教師の権威を保つ行動ができる法体制や組織、管理体制の改革をすべ

きである。

 国民の代表者である国会議員が不法行為で逮捕されても辞職をしない、日本を代表とする企業が不正

行為を働き、捜査当局の手が入る、嘘の発表をして国民を欺く。

 このようなニュースが報道されると、子供や若者はどう考えるか。大人を信用しなくなる。社会はずるいこ

とをしなきゃ損だと考え、モラルの低下を招く。特に社会に対して信用が重んじられる個人や団体が、不法

行為や不正行為、モラルに反したことを行なった場合の影響は大きい。

 政治家や公務員の不法行為が与える影響は反教育的であると断じてよい。「子供に恥ずかしい行動は

とらない」このことが完璧に履行されれば、教育改革をしなくても、心配はないのではないか、とさえ思う。

 政府が現在進めている教育改革を見ると、管理を強化すれば良くなると言っているように見える。それ

よりも大事なものがある。

 今回の統一地方選挙でも当選した議員が選挙違反で逮捕されている。彼らは辞職するのか?裁判で

有罪が確定し失職しない限り、法律でやめさせることはできない。逮捕された議員が自ら議員辞職をし

なければ、議員を続けることができるのだ。

 選挙違反で逮捕された議員が辞職する「教育効果」は意外に大きいのでないか。一方では選挙違反

で辞職しない場合の悪影響もあなどってはいけない。「選挙違反で逮捕された議員が一斉に辞職」と

「選挙違反議員全員が議員に居座り」の差を考えてみよう。

 彼らがどう責任を取るのか、どうけじめをつけるのか、一つの試金石である。それで日本の政治家の

教育に対する姿勢も見えてくるといっても、過言ではない。



↑ Return to Top
↑ Return to Column Home

CopyRight(C)2003-Future Club-Taxi Official