第18話

「コロナ禍の2020年を振り返る」


2020年2月3日クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号が横浜港に入港。船内での新型コロナ集団感染が確認され

14日間の下船拒否で長期間に渡り停泊。日本政府の対応が世界中に注目された。そして同月、個人タクシーの組合

支部の新年会が屋形船で行われて、新型コロナの集団感染が報告された。全国ニュースで列島を駆け巡った。まさかの

個人タクシー事業者の感染である。乗客からの感染ならともかく、自分たちの宴会でのクラスター発生という不幸に見

舞われた。未だこの頃は、タクシー運転手の感染確認は全国でも報告されていなかったと思う。

世界的な感染拡大で、中国人観光客がどんどん帰国し始めた3月のある日、銀座から大きなスーツケースを抱え、小さ

な子供2人を連れた若い中国人夫婦を日暮里駅までお送りしたのが、最後の中国人観光客だったかもしれない。夫婦は

マスクを着用していた。既に私も中国人観光客に対して、「万が一感染したら・・・」と日増しに警戒感と不安は強く

なっていた。

日別輸送実績を確認すると、順調だった売り上げも3月中旬から急激に落ち込んでいる。3割減から下がり始め、4月

に入ると7割減まで落ちた。夜勤で営業していたが、拾えない客にうんざりして直ぐに日勤にシフトした。その後、緊

急事態宣言が出た4月7日の売り上げは、6,100円で営業回数は8回だった。恐らく途中で諦めて早々と引き上げ

たと思う。地に墜ちた心境である。翌日から1ヶ月間休業と相成った。この休業の1ヶ月間私は家で何をしていたのだ

ろうか―。ふと振り返る。地方移住を早めるため、終の棲家である家探しをしていた。地方への移住計画である。

緊急事態宣言が解除され、翌日の5月7日から営業(日勤)を始めた。売り上げが2万円出来ない日々が続く。25日

くらいからやっと2万円台がコンスタントに出来るようになった。以降、6月〜9月はざっと見て2万円台平均の売り

上げで推移、10月は一番出来た月で3万円平均まで回復した。11月、12月は平均3万円を切るくらいだった。当

たりがある日は4万円出来る日もあったが、未だまだコロナ禍以前のように、コンスタントに4万円平均できる日は、

遥か彼方である。

8月くらいだっただろうか。親しい友人がコロナに感染した。客からの感染が濃厚だという。とうとう自分の身近にも

コロナが来たかという思いが募る。症状が軽症で済んだのが何よりの幸いだった。先日、神奈川県では、50歳台の個

人タクシー事業者がコロナで亡くなっている。本当に油断も隙もあったものではない。人によって症状の度合いも違

う。くれぐれも用心しなければならない。

現在、営業所である住まいは賃貸物件。安くはない家賃である。このまま収入が少ない状況で高い家賃を払い仕事を続

けるのか自分に問いかけた。65歳で廃業をして移住すると決めていたが、思い切って前倒しをすることにし

た。4、5年早くなる。1年でも早いほうがよいだろう。人生には冒険も必要である。残り少ない人生。男の場合、人

生80年としてあと20年生きているかは分からない。しかし、無謀といえば無謀でもある。還暦を越えてまともに就

業先があるのかも疑問である。

かつては、否、コロナ禍以前は東京特別区の個人タクシーは日本一の売り上げを誇った。これからもそうであろう。こ

のコロナ禍でもコンスタントに3万円近く売り上げが出来る。60歳を過ぎた手に職の無いハンドルだけを回すことし

か能が無い男が、他の就業先でこれだけもらえる仕事など無いだろう。それをあえて捨てる。誤れば下流老人まっしぐ

らである。後ろは振り返らない。前に進むだけだ。

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